タルタロス神殿地下の探索は難航した。
深淵に潜むモノを撃退した後も、再三再四に渡り死霊や悪霊の類に襲われたからである。 守護騎士団の標準装備が幽鬼系の魔物に効力のある白銀の剣であったことや、首人アルフォンヌが止むを得ず解放した屍霊術の助けがなかったら、全滅していた可能性もあったほどだ。
「それにしても、これほど多くの化け物が巣食っているとはね。 お陰で、高い金をだして特注した一張羅が台無しだ。 この件が片付いたら、またアルル=モアまで出向くことになりそうだ」
エドゥアルトが衣服にこびり付いた煤を鬱陶しそうに払いのける。 今回の船旅の間にわかったことだが、常に南方風の民族衣装を纏っているエドゥアルトだが、出身は雪に閉ざされた北方の寒村で、南大陸とは縁も所縁もないそうだ。 その人目を惹く井出達は、本人曰く、異性を口説く際に宜しく働くので、態々、アルル=モア王室御用達の仕立て屋に誂えて貰っていたようだ。 仕様もない話だったので大半の女性陣は呆れていたが、仕立て屋の方に興味を抱いたノーラだけは、アレやコレやとエドァウルトに質問をしていた。
「首人さまも、こういった事態を予期なさっていたからこそ、我々を同行させたのでしょう」
ミルフィーナが首人アルフォンヌへと顔を向ける。 口調こそ穏やかであったが、その両眼には釈然としない苛立ちにも似た感情が色濃く滲んでいた。 首人アルフォンヌの助力が何者にも代え難く得難いものであることは確かだ。 しかし、その遣り様はシャルロットを進んで危険へと誘っているように思えてならなかったのだろう。
「ミルフィーナ卿がそう思做すならば、そうなのやも知れぬな」
「まだ、何か隠していることがあるのならば、手遅れにならない内にお教え願いたい」
首人アルフォンヌの歯切れの悪い応答に、ミルフィーナが憮然とした表情で詰問する。
「フィーナ、おやめなさい」
シャルロットが堪らず声をあげる。 自分への衷情が原因でミルフィーナの怒りが首人に向けられていることに我慢できなかったのだろう。
「御身に及ぶ災いを事前にくい止めることが叶うのならば、どのような非難や汚名も、甘んじて受け入れる覚悟です」
だが、ミルフィーナも後には引けなかった。 聖女の血脈を守護することが、守護騎士団の矜持であることを強く主張する。
「妾は策に溺れ償いきれぬ過ちを犯した。 その贖罪の為にここにおる」
首人アルフォンヌが投掛けられた視線を受けて答える。 その心裡では、「本来ならその役は妾の不肖の娘に託そうと思っておったのじゃがな」と人知れず付け加えられていた。
「どうやら、お二人は似たもの同士であるようだな」
そこに意外な人物が意外な言葉と共に割って入る。 エドゥアルトであった。
「貴様、このような時に世迷言など―――」
「似ているさ。 何の得にもならない厄介事にこうして首を突っ込んでいるんだからな。 片や忠義、片や悔恨と上辺は異なるが、どちらも命懸けであることには変わりない。 それは偏にシャルロット姫の為だ。 違うかな?」
ミルフィーナの苦言など何処吹く風、エドゥアルトは素直な感慨を洩らす。 その忌憚のない意見に、シーラは澄ました顔で、ノーラはなぜか得意気に頷いている。
「そ、それは……」
ミルフィーナが気勢を削がれたように言い淀む。
「ここは、そんなお人好し共に、嫌々つき合わされている俺の顔を立てて欲しいものだな」
などと斜に構えて傍観者気取りのエドゥアルトだったが、
「口ではそう仰っていますが―――」
「エドゥアルトさまも十分にお人好しですけどね」
シーラとノーラに突っ込まれて、エドゥアルトが苦笑いする。
「いやいや、そこは敢えて口にはせず、相手だけを持ち上げておいた方が、俺の善良さが一層際立つだろう。 それに、時には正しさよりも大切なことがあるものさ。 信仰や典範に固執するあまり、その本質を見失う狂信者に成り下がりたくなければな」
照れくさそうに双子から視線を外したエドゥアルトが、正面からミルフィーナを見据える。
「くっ、まぁいい。 今は貴様の戯言に構っている暇はないからな。 シャルロットさま、先を急ぎましょう」
ミルフィーナは僅かに頬を赤らめて舌鋒を収める。 そのまま、抜き身の長剣を片手に下層へと歩を進めてしまう。
「やれやれ、素直じゃないな」
「ごめんなさい。 それと、ありがとうございます」
シャルロットがエドゥアルトに屈託のない笑顔を見せて会釈する。 それは、まだ少女を思わせる穏やかな表情だった。
双子の騎士もシャルロットが歩を進めると追従して護衛に戻る。 ひとりその場に取り残されたエドゥアルトは、鼻先を軽くかくと、
「まぁ、よしとするか」
エドゥアルトはどこか満足気に歩き出した。
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